翌日。
時刻は四時ほど。そんな時間だった。
耳朶をつんざく音が聞こえたのは。
「……なんだ、なんだ?」
眠たい目蓋を擦りつつ、それでも好奇心が勝り、玄関から外へむかう。
ピーポーピーポー。
なんだか、無性に自分の鼓動が落ち着かない。のは、何故だろう。
外に出る。
廊下のむこう、マンションの中央付近に人間が殺到していた。
歩み寄る。
「どうかしたんですか……、ぁの、ぅ……っ?」
何か。
紅くて黒い、何かが。
見えたような。
「なんか、新聞配達の人が最初に見つけたらしいけど……自殺じゃないかって」
周囲の野次馬の誰かが、そう言った。
押しのけて前に進む。
地面は真っ赤だった。主に頭部から。絶対に潰れている。だらしなく手足が広がっている。長い黒髪も広がっている。小柄な女性だった。高校生くらいだろうか。見上げる。このマンションの頂上、八階から落下したのだろうか。わからない、わからない、なんで俺はこの死体の後姿に見覚えが、あるのだろう。
確かめないと。そうだ、うつ伏せだからわかりづらい、ちゃんと正面から顔を見据えれば。
「ちょっとちょっとっ! 駄目です、離れて」
誰かが俺の腕をつかんで止める。
「確かめるんです、すいません、少しだけ、少し……」
「だから駄目だってっ!」
「ほんの、ちょっとだけ、そうしないと……」
ああ。
うわ、ぁ、ああああああああああああああぁぁあああ、あ。
八階の廊下からは手紙が発見された。
内容は、
ずっと見てます。
だからエースケくんも、ずっと覚えていてください。
毎日名前を呼んで下さい。
あの害虫女とは幸せにはなれません。他の女もそうです。
優しいエースケくんなら。
死んだ私のことを無視なんて、できませんよね。
エースケくんが死ぬまで、ずっと、死んだ私がエースケくんを独占するんです。
そんな声が聞こえた、ような。
あれから、俺は有華を無視している。
有華はしつこく、勝手に死んだ女のことなんて忘れろ、なんて言うけれど。
お前は、わかってない。
もう限界だ。
あれから、いたり先輩の名前を呼ばない日には、勝手に皿が落ちて割れたり、玄関の鍵が開く音が何度も連続で鳴ったりと……異常な出来事が、絶えないんだ。
わかってる。
いるんだ……いたり先輩は、いなくなって、なんか、ない。
「はは、は、は……ぅ、ぁ、は、は」
朝の七時。現在両親のいない俺の家のテーブルには。
弁当箱と。
炊いた記憶が皆無なのに炊きたて白米、湯気をゆらめかせる味噌汁。鮭、卵焼き。
「お、俺、知らないぞ、こんな、作って、ない、ぁ、あ……っ」
そして気付いた。
リビングの壁に、巨大な。
「ぃ、ひ、うわぁああああああああっ……!」
ズットイッショダヨ
血の文字が浮かんでいた。